私のデザインオフィスでは、常にミニマルデザインに拘ったデザイン提案をしている。自社サイトもそこに掲載している制作コンセプトも首尾一貫して「ミニマルデザイン」を謳っている訳だから、お問い合わせ・お申し込みいただくお客様も私たちのデザイン方針に共感していただいていると考えてよいはずである・・・が、しかしである・・・
実際のところは少々事情が複雑なのだ。「シンプルで透明感のあるデザイン」という点についてはぶれることがないのだけれど、いざ具体的にデザインへの落とし込みを始めてみると色々なことが見えてくる。
特に最も難しいのが、ミニマルデザインを支える「視覚心理学に基づく設計」を如何にお客様にご納得いただくかという点(「ご理解」ではない点が重要!)。
必要最小限の視覚要素でコンテンツの中身をしっかりとアピールすることが求められるWEBデザインのミニマル化では、「何をどれくらいの大きさでどこにどれくらい隙間を空けて配置すべきか」を徹底的に最適化することが必要となる。この工程で求められるのが視覚心理学的なアプローチなのだが、この「視覚心理学的な」が制作過程におけるお客様との様々なやり取り(ディレクション)ではやっかいな存在となってしまう。
越えなくてはならない壁は大きく2つある。
- 視覚心理学に基づく根拠を如何にお客様にご納得いただくか
- 「閲覧者視点に立った客観的なデザイン選び」を如何にお客様にご納得いただくか
1については、ご理解いただきやすいのではないだろうか。
「何をどれくらいの大きさでどこにどれくらい隙間を空けて配置すべきか」について、それぞれ視覚心理学に基づく科学的な根拠をもって検討・決定していくというプロセスは、一般的な「デザイン」のイメージとはかけ離れている。特に日本では「何となくキレイだから…」「カッコイイから」という感覚的な嗜好に依存するお客様が多い上に、「視覚心理学的には〜」と口に出した途端に拒絶反応を示されてしまうこともしばしば・・・科学的な根拠を如何に市井のコトバや表現で伝え、お客様の納得を引き出すかがとても重要かつ難しい課題となるわけだ。
ただし、近年では多くのお客様がSEO対策やユーザビリティといった用語の意味やその重要性を理解しつつあるため、以前に比べれば諸ハードルが随分と低くなったように思う。 そのため今重要なことはお客様の「理解」を「納得」に深化させるための一押しということになるのかもしれない。
さて、もう一つの課題2であるが、こちらは極めて厄介な代物だ。
「サイトを訪れる人(閲覧者)の立場に立って、読みやすく使いやすいデザインを考える」という基本姿勢に異を唱えるお客様は皆無である。少なくともビジネスツールとして制作する商用サイトである以上、収益を挙げる(あるいは収益につながる一定の貢献をする)ことができなければ無駄な投資なのだから当然誰もが「理解」はできているのだ。
しかし、「理解すること」と「納得すること」は全く違う。ここが最大の難所なのである。
「こんなにシンプルで大丈夫か・・・」「何だか見た目が寂しくないか・・・」そんな不安や印象に囚われてしまってデザイン決定が滞ってしまう、そんなケースは今でも度々直面する。植木等さんの歌ではないが「分かっちゃいるけどやめられない」ということなのだ。デザインに対する嗜好は、それを評価する方ひとりひとりの人生そのものを反映しているわけだからその悩みや固執する気持ちは十分理解できる。
しかし、それでも私たちは敢えて「これまでの自分の価値観を捨て、真の意味でネットの向こう側にいる閲覧者の第一主義で客観的に判断すること」を強く訴えるようにしている。それは、お客様にとってもそして提案する側である制作サイドにとっても強い決意と勇気のいることなのだが、そこで妥協してしまったらせっかくのチャンスを捨ててしまうことになると我々は考えているのだ。
ミニマルデザインはサイト運営者にもサイトを訪れる閲覧者にも極めて大きなメリットをもたらす。特に、近年のモバイル化やソーシャル化というネットインフラの「革命」において、その存在価値はかつてないほど大きなものになっている。
しかし、得てしてサイトオーナー様の意識はビジネスWEBの普及期か場合によってはネット以前のリアル媒体時代からほとんど変化していないように思うのだ。特に日本ではそれが極めて顕著だと感じている。
リアル媒体時代には、多種多様な媒体が入り乱れて視覚に飛び込んできた。例えば新聞の折り込みチラシがそのよい例である。そのような「ジャングル」のような競争世界では、他社よりも華美に目立つことこそが絶対条件だったのである。ちょうど熱帯雨林の鳥のオスがこの世の物とは思えないほど華美な出で立ちでメスの注意を惹き付けようと必死になっている状況である。
日本のサイトオーナー様の多くがそんな時代を経て今に至っているため、その価値観から抜けきれずにいるように思われてならない。しかし、WEBの視覚世界は全く異なっているのだ。
ブラウザという極めて狭い画角に切り取られるWEBというメディアは、それまでのリアル媒体とは全く異なった視覚世界を展開する。基本的に「媒体のジャングル」という状態は起こりえない。閲覧者と媒体は常に1対1の真っ向勝負なのである。
もちろんGoogleの検索結果を開いた瞬間はジャングルかもしれないが、そこから1件を選びアクセスした瞬間からは、そのサイトを離脱するまで誰にも邪魔されることのない1対1の関係が続く。だからWEBデザインに求められる素養とは「目立つこと」ではなく、閲覧者を1秒でも長く1対1の世界にとどまらせるための戦略・戦術ということになる。
閲覧者は何らかの目的や希望的予測を持ってサイトを訪れる。そのため、閲覧者の注意を惹きその場に少しでも留めたければ、彼らの目的や予測に合致する情報を提示すればそれでよいということになる。しかし、多くの場合ネット上の閲覧者はせっかちである。自分が訪れたその場に、望む物がある以下否かを極めて短時間で判断し次の行動に移ってしまう。視覚心理学におけるある研究結果では、閲覧者がサイトにアクセスしてから次の行動に移るまでの時間は平均8秒以内とのことだ。つまり、僅か8秒程度の極めて短時間で伝えたいことを印象深くアピールする必要があるということになる。果たしてそんなことができるのだろうか・・・
上記研究には続きがあって、開いたページ上の表示要素が限定されている場合や要素間の空間(ブロック間の余白)が十分かつ適切な比率で確保されていれば8秒以下の短時間であっても閲覧者はちきんとコンテンツをクリックしてくれるというのである。この結果はまさに「ミニマルデザイン」の優位性/有効性をはっきりと物語っているといえるのだ。
と、ここまで説明する機会をいただけたとしてもである・・・残念ながらお客様に「納得」していただけるケースはまだまだ少ないのが現状。「理解はできる、しかし納得できない」という極めて困難な状況に陥ってしまうのだ。この壁を乗り越えるのは生易しいことではない。
日本国内でもミニマルデザインを採用して高い評価を得ている大手企業サイトは沢山ある。ユニクロ、SONY、良品計画などなど・・・
しかし、ことサイトデザインに関していえばそのような大手企業の先行成功事例は、お客様の「英断」を促すには全くもって非力なのである。それはやはり、ビジュアルについては判断はが、お客様お一人お一人がこれまで培ってきた「感性」に強く依存するものだからなのだと思う。どんな「権威」を振りかざしても、人の人生をひっくり返すことはできないということなのだ。
しかし、WEB世界の潮流は、尋常ではないスピード感を持ってミニマリズムの意味を「嗜好」から「必然」へと変えようとしてる。
クラウド化によるサービスのマルチデバイス化・モバイル化、ネット情報源のソーシャル化・・・そのいずれもがWEBに対して「機能主義」を要求しており、それに対するデザイン上の解決策がミニマルデザインだからだ。
このままでは、日本の多くのビジネスサイトオーナーの多くが極めて困難な状況に陥ってしまうのではないか・・・その危機感は日増しに強くなっている。
この危機をどうやって乗り越えていけばよいのか。全てのお客様に「納得」していただけるミニマルデザインの理由付けと「決断への動機付け」とは何か・・・答えを求めて試行錯誤する日々は当面続きそうである。




